明日香村4 聖林寺

2022/06/09

 私は聖林寺に2006/04/03、いまから16年前に車でやってきた。私はそれまで、66歳になるまで、一度も聖林寺を訪ねたことがなかったのだ。それに、聖林寺の十一面観音はあまりにも有名で、ここを訪ねないことは、「古美術好き」のプライドが許さないこともあった。

 

 

 私は談山神社から狭い多武峰街道を桜井の方へ(北方向に)下りて来て、途中で左に折れた。駐車場に車を停めて狭い道をブラブラと登っていった。道端にはピンクの花が咲き、夏蜜柑だろうか、熟しつつある蜜柑の実がなっていた。

 

 

 聖林寺は崖にへばりつくように建っていた小さな小さなお寺だった。この小さなお寺にあの有名な十一面観音が収蔵されているとは、誰も想像しないようなミニ寺だった。

 

 

 崖に造られた狭い参道。

 

 

 こんな小さなお寺にも参拝者がいるのですねえ。この参拝者がじっと見詰めているのが次の掲示です。

 

 

 次の通り書いてあるのです。

 

参詣の皆様へ

 

この山門から盆地の東南部が一望

のもとに見渡せます。前方北の美しい山

が三輪山で、その麓(現在の桜井市)を狭

義のヤマトといい古代大和王権の中枢

部でした。三輪山の左に見える前方後

円墳は邪馬台国の女王・卑弥呼の墓と

もいわれています。

 

さて、門前の「大界外相」の碑は慈雲

尊者の遺筆です。内陣には安産と

求子の祈願仏として高名な本尊子安延

命地蔵をはじめ数体の仏像・仏画をおま

つりしていますが、なかでも大悲殿に安置

の国宝・十一面観音(奈良時代)の美しいお

姿はギリシャ・ローマの彫刻にも比肩され称

賛せられています。

 

 

 

 よく地理を知っているわけではないが、右手前の緑色の山が三輪山(みわやま)で、その山裾のこんもりした濃緑色が前方後円墳なのであろう。

 

山門の右わきに大界外相と記した石塔が立っている。

 

 本堂のなかに入ったが、写真を撮ったわけではないので、他人様の写真をお借りすると、

 

 

 肝心の十一面観音は観音堂に収蔵されていた。写真撮影は禁止されていたので、寺務所で絵葉書を一枚購入しました。

 

 

 いかにも堂々とした仏像で均整がとれていますね。圧倒的に美しいと感じます。

 

朝日新聞デジタル聖林寺、81日から観音堂で国宝十一面観音拝観開始:朝日新聞デジタル (asahi.com)にはこんなことが書かれてあります。

 

 十一面観音は像高2091センチで木心乾漆造り。奈良時代の8世紀につくられた。もとは大神神社(おおみわじんじゃ、桜井市)の神宮寺・大御輪寺(だいごりんじ)の本尊だったが、明治時代の神仏分離令を受け、聖林寺に移された。

 

 肉付き、写実的な衣の曲線の表現などが特徴で、天平彫刻の名品と名高い。その美しさは米国の東洋美術研究家アーネスト・フェノロサや写真家土門拳ら、多くの文化人も魅了。1897(明治30)年に古社寺保存法が制定されると1899年に旧国宝に指定され、新制度下でも国宝に指定された。

(引用:聖林寺、8月1日から観音堂で国宝十一面観音拝観開始:朝日新聞デジタル (asahi.com)

 

 

画像:GoogleMap,2022 大神神社と聖林寺の位置関係

 

 聖林寺パンフレットには次の記述があります。

 

 

 現在、観音堂は改修中であり、この十一面観音は奈良国立博物館に寄託されていましたが、81日から聖林寺の観音堂に帰ってくるようです。

 

 車がないと行きにくい場所ですが、一度訪問されては如何でしょう。

 

 

 では皆さま、ご機嫌よう。