ロスチャイルド銀行4

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 では、共通の事業計算システムの評価基準が設定された結果、事業はどんどんできあがったのか?


 答えは「No」である。私は私のシステムを使い、親会社との緊密なコミュニケーションを駆使しながら、持ち込まれる事業案件を次から次へと精査し、片端から否定的結論を出した。事業化の夢を見る担当者が持ち込む事業案件は私の手でどんどんと始末されていった。


 IRRが低すぎるとか、事業パートナーの性格が悪いとか、事業の内容そのものが商社にふさわしくないとか、理由はいろいろある。けれどもほぼ全面的に「No」結論を出し、担当者を断念させるように誘導するのである。


 親会社の場合は、永年の研究によって培ってきた技術がある。これを事業化するのであるから、自信満々で事業を開始する。だが、商社の場合にはこの「事業の核となる内部技術」がない。だから、事業を開始しようにも種がない。また、買ってきた技術では、計算してみればわかることだが、ライセンサーが技術に高値をつける結果、IRRが出ない。


 夢を見ることは将来のババを引くことである。東芝のウエスティングハウス(USA)、日本郵政の「トール・ホールディングス」(オーストラリア)。これらは本業以外に食指を伸ばし、夢を見た結果である。事業の場合の損失は、スポット・ビジネスの場合の損失に比べて比較にならないほど巨額である。


 また、先にも述べたように、この業界には正邪の規準がなく、罰則も存在しない。だからなにをやってもいいか、というと、そうでもない。正規の規準の(ロスチャイルド銀行規準)の計算を行ったあとで「正」の判定がでたあとでも、すぐさま「Go ahead」するのではなく、じっと考えるのである。事業には、たんなる事業計算以外に、事業の成否を決定しかねない多数の外部ファクターが存在する。「時の運」というものさえ存在する。それらを覚知するためにじっと考えるのである。沈思黙考するのである。座禅による深い思念を繰り返すのである。


 これが私が親会社の経営企画室の人たちから教わった事業会社の理念である。これを私は深く胸に刻んだ。

 

 

 では皆さま、ご機嫌よう。